子どものための、かつて子どもだったおとなのための、子どもの幸福を願うみんなのための、本の店です。

トップBlog>2014年07月

Blog

2014.07.25  【インタビュー】工藤律子さんに聞く(3)

今こそ、そしてこれからも…「貧乏なんてこわくない!」
――『仲間と誇りと夢と』著者・工藤律子さんに聞く(3)

中央奥が工藤律子さん、篠田有史さん

2002年、JULA出版局は工藤律子さんの著書『仲間と誇りと夢と――メキシコの貧困層に学ぶ』を 出版しました。ストリートチルドレンの問題を追いかけていることからJULAと知り合った工藤さんの、ジャーナリスト人生の原点にあるのは、メキシコシ ティのコロニア・ポプラールと呼ばれる貧困層居住区(スラム)で自分たちの生活をよいものにするために闘っている人たちとの出会いです。先の見えない壮絶 な闘い、でも、そこには仲間とのきずながあり、日々の楽しさがあり、小さな夢でも実現していくエネルギーがありました。 今、スラムの人たちはどんな生活をしているのか、つねに日本とメキシコを並行して見てきた工藤さんが今感じていることは何か、インタビューさせていただき ました。

前回までのインタビューはこちらから…
第1回「貧乏でも豊かなくらしをしている人たちのことを知らせたい、それが今の仕事の原点」
第2回「追いこまれている今だからこそ、幸せに生きるために必要なものを考えたほうがいい」


3.「もう一つの経済」――お金がなくても絶望しなくていい

工藤/メキシコのスラムと直接は関係ないけれど、私が最近けっこう取材をしていて、雑誌とかで記事を書くと、けっこう興味をもって読んでもらえるテーマがあるんです。
スペインなど、経済危機が深刻な国々の人たちが、失業して仕事もない、収入もない、っていうなかで、じゃあどうしたら、それでもなんとか最低ライン、幸せにやっていけるかっていうことを考えている運動で、なかでも特に日本人に興味をもってもらえると思うのが、地域でいろんな通貨を作ったり、物々交換みたいなことをみんなで組織的にやっていくということや、お金や地域通貨ではなく、「時間」を単位にして、おたがいに助けあいをする仕組みなんです。

17.JPG
スペイン・マドリードで、「もう一つの経済」を実践する様子。
中学校の先生が、近所の貧困家庭の少年に無料で家庭教師をする。
それに費やした時間時間銀行」とため、自分が必要な時必要な助け・サービスを
「時間銀行」のメンバーから得るために使える。(撮影・篠田さん)

本に出てくるマヌエルたちのあいだでは、わざわざ提案しなくてもやっていることだけれど、先進国だとどうしても、都会では隣人どうしの助けあいの習慣はなくなっているし、みんなそれぞれ仕事があるときは、自分の生活リズムにあわせているから、それ以外のことに時間をかけるとか、人のために時間をかけて何かやるっていうことが難しくなっている。あらためてそうするためには組織化、仕組みが必要な状況で、スペインでそれを実際にやっている人たちのことを最近取材しているんです。そういう記事は、意外と読んだ人たちから反響があるんですよ。「自分たちもやってみたい」というような。
編集部(以下、編)/反響って、どれくらいの世代の人たちからの声ですか?
工藤/どちらかっていうと、30、40代かな。ある意味、お金依存の社会に疑問を抱いている人は、今のほうが多いと思う。スペインもそうだけど、失業しちゃったり、残業しても残業代出ないし、昔みたいにしゃかりきに働けばそれだけお金持ちになれたりっていう時代じゃないし。
/日本もそうじゃなくなってますよね。
工藤/だから、そんなにがんばらなくても、自分の本当にやりたかったこととか、趣味とか、いろんなことに時間を使って、仕事は仕事、趣味は趣味、みたいな人も増えている。不景気なぶん、幸か不幸か時間にゆとりのできた人たちが、ふと考えたときに、みんなで集まって何かやったりとか、時間を単位にして、「きょうは俺が君のパソコン直してやるよ。だからあさってはちょっと料理教えてよ」っていうような活動に興味をもつ人は、10年、20年前より多いと思う。
/私、工藤さんより9つ下ですけど、私が小さいとき、うちの母はまだ隣の家に卵を借りにいったりしていました。そんな人間関係がうっすら残っているぎりぎりの世代なのかもしれない、30代、40代って。それより下だと、そういうご近所づきあいって、よっぽど田舎にでも行かないとなくなってしまっているから…かつての日本の姿みたいなものが記憶に残ってて、「あ、あれって大事だったんだな」みたいなところはあるかもしれない。
工藤/その世代の人たちは、なんか見たり経験したこともあったな、ってこともあるし、年齢的にも、仕事が一段落というわけじゃないけど、今の時代忙しくもないから、ちょっとちがうほうにいこうかと。転職考えたりする人もいるし、自分で起業して、大会社でしゃかりきに働くんじゃなくて、自分のペースでやっていきたいなんて考える人もいるし。そんな人たちは、ちょっとしたヒントがあると、別にお金稼ぐだけじゃなくて。
/お金はなくてももっと人間的に豊かに…
工藤/なりたいっていう人たちがいると思うんです。若い人たちも、本当はそう思ってるんだろうけれど、まずは就職しなきゃ、とか、世間の風潮にしばられている感じがする。
/たしかに目の前のことでいっぱいいっぱいだろうし。
工藤/いまだに、いい大学に行っていい会社に入るってことが、これだけパターンが崩れているにもかかわらず、どこかで必要と信じられているというか。
/それが基本になっちゃっているから、そこでこぼれ落ちると、もうすべてからこぼれ落ちてしまうかのような恐怖感があって。
工藤/追いつめられているぶん、ちがう選択肢をもつっていう余裕がないんだと思うけど、もっともっと追いつめられたら…定職に就くなんて運がよければのことだ、ぐらいにまでなっちゃったら、逆にほかの生き方するしかないってなるだろうし、そうなったときには、私が今スペインで取材しているような、いわゆる今の経済の中で就職をめざすんじゃない、「もう一つの経済」を利用して生きていこう、実はそのほうが人として幸せだ、っていう人が出てくると思う。

18.JPG
こちらもマドリードの実践から。賞味期限切れや見栄えが悪いなどの理由で、
店頭では売れない商品を集めてきて、地域の貧困家庭に配るサービスをする
「食糧バンク」のボランティア。地域のみんなが少しでも豊かにくらる工夫。
右端で工藤さんが取材されています。(撮影・篠田さん)

「もう一つの経済」っていうのは、最近欧米を中心に、今の状況のもともとの原因はなんだろうって考えた人たちが、やっぱり単純に経済成長をめざして、日本なら円、ヨーロッパならユーロ、アメリカならドルを増やすことが正しい経済活動である、と思うことには、もはや無理がある、じゃあ「お金」というものがなくても、食べるには困らないようなシステムが、自分の住んでいる地域内だけでもできてしまえば、そんなに絶望的になる必要はないだろう、と考えている仕組みです。もちろん、お金を稼ぐ手段も、いくつかはあったほうがいいと思う人はいるだろうし、逆に、もうなくてもできるじゃん! て思う人もいるかもしれない。つまり「もう一つの経済」にかかわっているほうが――どれだけいろんな選択肢を増やせるか、そこに参加する人がどれだけ増えるかによって変わってくるとは思うけど――今なお多くの人たちがとらわれているような強迫観念=お金がないとだめだという発想から抜け出すことができる。幸せになれる。
その原点は、まさにマヌエルたちのやっていることにある。まあ、彼らはもともとが貧乏な家庭に生まれたっていうのがあるぶん、私たちとはちがって、お金があるとないをいったりきたりして考える必要はなかったのかもしれないけれど。
/一番下からのスタートだから…こわいものは何もないというか。
工藤/もともとない状態で、なくてもなんとかするってことを考えたからよかったのかもしれないけど、でも、ない人たちがみんなそうかというとそうではない。ないことに絶望する人もいれば、どうせいくらがんばってもウチは貧乏だってあきらめてる人もいる。あるいは、ウチだけが豊かになればいいって考える人もけっこう多い。そうじゃない発想をできる人たちっていうのは、教育レベルに関係なく、視野が広いということだと思う。私たちも、今は特に、そうやって経済レベルにこだわらず、視野を広くもつことができれば、そんなに絶望する必要もないし、夢がないというけれど、夢は自分でつくれるし、なんとかなる! っていうふうに考えないと…人生もったいないですね。
第4回につづく

投稿者 JULA出版局 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2014.07.17  【インタビュー】工藤律子さんに聞く(2)

今こそ、そしてこれからも…「貧乏なんてこわくない!」
――『仲間と誇りと夢と』著者・工藤律子さんに聞く(2)

中央奥が工藤律子さん、篠田有史さん


2002年、JULA出版局は工藤律子さんの著書『仲間と誇りと夢と――メキシコの貧困層に学ぶ』を出版しました。ストリートチルドレンの問題を追いかけていることからJULAと知り合った工藤さんの、ジャーナリスト人生の原点にあるのは、メキシコシティのコロニア・ポプラールと呼ばれる貧困層居住区(スラム)で自分たちの生活をよいものにするために闘っている人たちとの出会いです。先の見えない壮絶な闘い、でも、そこには仲間とのきずながあり、日々の楽しさがあり、小さな夢でも実現していくエネルギーがありました。 今、スラムの人たちはどんな生活をしているのか、つねに日本とメキシコを並行して見てきた工藤さんが今感じていることは何か、インタビューさせていただきました。

◎第1回はこちらから →「貧乏でも豊かなくらしをしている人たちのことを知らせたい、それが今の仕事の原点」


2.追いこまれている今だからこそ、幸せに生きるために必要なものを考えたほうがいい

2.JPG
『仲間と誇りと夢と』の主人公のひとり、テレサさんの80年代末の家。(撮影・工藤さん)

編集部
(以下、編)/工藤さんは、マヌエルさんたちのくらしが本当にぼろぼろの状態から、生活水準が上がってくるところをずっと見てきたわけですが、この本を書いた時点から10年以上たっても、彼らはきちんと生活水準をキープしているし、よりよくしようという努力をつづけているということですね。
工藤/面白いのは、本のオビに書いた言葉が今の時代の日本にぴったりだってことだけど、彼らのやっていることも、今は今で時代にあった内容に変わってきているところなんです。
昔は、生活自体がひどかったので、とにかく家をまともにする、とか、食べ物を最低限確保する、とか、そういうことを力を合わせてやっていた。でも今は、たとえば子どもや若者のためのサッカーグラウンドやスポーツ施設なんかも作ったりしているんです。それを自分たちで管理して、週末にサッカートーナメントやったりして。非行防止対策、ストリートチルドレンにならないように、ですね。あるいは、プレイしたあとにシャワーを使えるように、施設に太陽熱で温水をつくる設備をつけたんですよ。自分たちで大学のワークショップなんかに勉強にいって習ってきて、みんなで太陽熱温水器を作った。 各家庭の水もなるべく雨水をためて利用しようってことで、役場から助成金をゲットして雨水の集水タンクを取りつける活動をしたり。ちなみにメキシコシティは慢性的にすごい水不足で、毎年のように断水があるので。
/日本みたいにびちょびちょ降らないんですね。
工藤/そう、降ってもざーっと降ってさっとやんじゃう。でも、降るときには降るわけだから、それを使うべきだって、雨水をためるタンクを取りつけたわけ。中学すら出ていない人たちが考えるとは思えないような、すごいことをするんです。
/レベルの高いものを、あんまりお金のないなかでなんとかくふうして作ろう、ってことにすごく積極的ですよね。

6.JPG
住宅の自力建設は、住民(手前の二人)と、ボランティアで設計に協力した
建築学科大学生(後ろ二人)の協力で進められました。(90年代はじめ、撮影・工藤さん)


工藤/お金をかけずに豊かなくらしを築くことを考える、その方法が面白い。先進国でも地域によってはそうしてやっていこうという動きはあるけれど、結局大半は、やっぱりまずはお金をためて…っていうことが、日本でもほかの国でもつづいてきた。その結果、その計画が破たんすると、みんながてんやわんやで、絶望的な状況になる人もいる。
/頼りはお金しかないような気がしていたから、ないとなるとほかの方法を思いつけないのかな。
工藤/この本を出した当時、私が何か書いたからって日本の社会が大きく変わるなんて思っていなかったけど、少なくとも私自身は、この本に出てくる人たちに会った時点で、日本みたいに、つねに経済成長とかよりいい給料をもらえるようになったほうがいいっていう考え方を中心にした社会っていうのは、おかしいんじゃないかと思っていたから、「おかしいですよね」って言わなければと思ったし、そうしてきたつもりではあるんです。ただ、そういう声は、日本においてはあまり大きくはならなかった。実際には逆の、やっぱりお金があるほうがいい、成長があるほうがいいって考えのほうがつねに主流だった。おかげで、今のようなことになってしまった。いざ経済的に苦しいってなったら、みんなが「夢を抱けない社会」とか言いだした。
夢を抱けなくなっちゃうのは、あまりにも、お金を稼ぐ、経済成長ありき、って方向に走ってきたからだって、今こそ思うべきだし、思う理由はじゅうぶんにあると思う。一部だけど先進国でも――欧米なんかは特にそうだけど――反貧困とか、脱成長とか、そういう方向に動きはじめている人がかなり出てきている。まさにもう一度、(マヌエルたちのような)人の原点ともいえる発想で、自分たちの生活を豊かにしてきた人たちを見習うのがいいんじゃないかと…思わせられる状況ですね、日本は。
/ここ最近、特にニュースなどで、たとえばシングルマザーの貧困の問題であるとか、子どもの教育援助費の削減の話題だとか、本当にのっぴきならない状況になってきて、「ああ、お金がないとそんなふうになっていくのね」っていう伝え方ばかりになっている。もちろんその人たちは絶対支援しなきゃいけないけれど、そういう人を救うためにも…なんとなく、みんなが今よりちょっと貧乏になってもいいから、みんなで幸せになれるようにしていくヒントになることがあればな、と思ったときに、「貧乏なんてこわくない!」っていうフレーズが目に飛びこんできて。

8.JPG
日曜日はよくマヌエル家に仲間が集まって食事をしていたそうです。
最後列左から2番目がフアナさん、右隣がマヌエルさん。
前列右端工藤さん。(撮影・篠田さん


工藤/特にタイトルを『仲間と誇りと夢と』ってしたのは、まさにそこ。お金がなくても、仲間がいて、みんながそれぞれに自分のやっていることとか考えに誇りをもっていて、それをもとにして、みんなが「こうやりたい!」「こうなりたい!」ってささやかでも夢をもっているっていうことが、本当に幸せって感じられる最大の条件だと思う。お金があればいいっていうものではないってことだから、逆に「ない!」って追いこまれている今こそ、じゃあそれでも幸せに生きられるためには何が必要なのかっていうことを、この人たちを見習いながら、もう一度考えたほうがいいって思いますよね。
第3回につづく

投稿者 JULA出版局 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2014.07.16  朝日新聞に広告を掲載します

朝日新聞7月23日(水)朝刊1面にカラー広告を掲載します。
今月、発売30年をむかえた『プータンいまなんじ?』。
これからもたくさんの子どもたちに好きになってもらいたい本です! 



★書店様用の注文書はこちら→

投稿者 JULA出版局 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2014.07.11  【インタビュー】工藤律子さんに聞く(1)

今こそ、そしてこれからも…「貧乏なんてこわくない!」
――『仲間と誇りと夢と』著者・工藤律子さんに聞く
(1)


2002年、JULA出版局は工藤律子さんの著書『仲間と誇りと夢と――メキシコの貧困層に学ぶ』を出版しました。ストリートチルドレンの問題を追いかけていることからJULAと知り合った工藤さんの、ジャーナリスト人生の原点にあるのは、メキシコシティのコロニア・ポプラールと呼ばれる貧困層居住区(スラム)で自分たちの生活をよいものにするために闘っている人たちとの出会いです。先の見えない壮絶な闘い、でも、そこには仲間とのきずながあり、日々の楽しさがあり、小さな夢でも実現していくエネルギーがありました。 今、スラムの人たちはどんな生活をしているのか、つねに日本とメキシコを並行して見てきた工藤さんが今感じていることは何か、インタビューさせていただきました。
文中の写真のうち、撮影者の記載のないものはすべて、篠田有史さんの撮影です。

1.貧乏でも豊かなくらしをしている人たちのことを知らせたい、それが今の仕事の原点

編集部(以下、編)/『仲間と誇りと夢と』を出版して、もう12年になります。そして、このごろの日本の状況を見ていると、ますます、本のオビの「貧乏なんてこわくない!」ってメッセージが、伝えなきゃいけないものに思えてきて、お話をうかがおうと思ったんです。
工藤/この「貧乏なんてこわくない!」っていうことを最初に感じたのは、話の舞台になっているメキシコシティのスラム地区でのことだったんです。これは日本で伝える必要がある、ここの人たちの生活や闘いの中には私たちが学ぶべきことがたくさんある、と思いました。
/工藤さんはそもそも、ご自身の育ちの中でどんな生活を見てきて、「貧乏なんてこわくない」という思いにいたったのですか? 生活環境のすごくちがう人がまわりにいたとか。
工藤/私はすごく貧乏でもなければ特にお金持ちでもない、ごく普通の家庭で育ちました。毎日家族でいろんなことをするのが好きな親だったので、それだけで楽しく、お金がたくさんあったほうがいいだとかどうとか、あまり考えたことはなかったんです。小中学校の大半は四国の田舎で過ごし、家から近い公立学校に通っていたので、いろんな家庭の子がいる環境で、多様な人間がワイワイいるのが普通だと思ってました。それが楽しかったし。 ところが高校時代、アメリカに留学したころから、貧富の差や内戦、クーデターなどのある世界、私のまわりとはぜんぜんちがう世界があるんだって知りました。でも、苦しい状況に生きてきたはずのラテンアメリカからの移民の同級生たちが、あまりに明るくたくましいのにびっくりして、彼らの世界がどういうものかを知りたくて、大学生のとき、ラテンアメリカの国、メキシコに行きました。そこで出会ったのが、スラムの人たちです。 貧困層っていわれる人たちのくらしは大変だろうな、と勝手に思っていたんだけど…これが意外に楽しそうというか、精神的には豊かなくらしをしていると感じて、経済成長や高収入ばかりをめざさなければいけないと思わされて、あくせく働くはめになっている日本の人たちこそ、こういう生き方を知るべきだなと思ったのが、この本を書いたきっかけ、というよりは、今の仕事を選んだきっかけです。世界の現実から真実を学ぶために、取材・執筆活動を仕事にしようと、このときはじめて考えた、というか、思いつきました。
/ラテンアメリカに興味をもち、そこにくらす人たちの生活に興味をもち、行ってみたら、なんかたくましく生きてるぞ、すごいぞっ、っていう。

 

2%20de%20oct%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E8%AA%AC%E6%98%8E.JPG
スタディツアー参加者の若者たちに、
「ドス・デ・オクトゥーブレ」の歴史を語るマヌエルさん(右端)。
となりが工藤律子さん。


工藤/そう。21年前から始めた私たちのNGO「ストリートチルドレンを考える会」が、毎年メキシコシティでスタディツアーをやっているなかで、平日は現地のNGOを訪問するんだけど、日曜の休みを使って、2年ごとくらいに、この本の舞台の「ドス・デ・オクトゥーブレ」をたずねるんです。そこはかつてはそうとう貧乏なスラムだったけど、今は私の友人たち、住民ががんばったおかげで、それなりの姿になっている。経済的にも、2、30年前に比べれば、ずっとよくなっています。でも、本の主人公である住民リーダーの友人たちは今でも、ちょっとでも生活をよくしようと活動しているんです。  そこに、ツアーに参加した日本の若い人たちを連れていくと、やっぱり、私が最初に彼らと出会ったときと近い感覚を抱くみたいなんですよ。私が学生のころとちがって、今の若い人たちは就職が大変だとか、就職したからって順調に給料が上がるなんて時代じゃないからとか、私よりももっと経済的に危機感をもっているだろうけど。
/それでも高学歴、高収入をめざすという、なんだか画一的な価値観に押しこめられてしまっているけど、そこからこぼれ落ちる確率のほうがどんどん高くなっていて…

chile%20relleno.JPG
ツアーで食べたメキシコ料理の中で一番おいしかったとみんなが絶賛!!
フアナさんのchile relleno(大きなピーマンのような唐辛子の
チーズ詰めの天ぷらのようなもの)、煮豆添え

工藤/そう、私よりもずっと、貧乏になることへの恐怖感があると思う。けれど、そういう人が、スラムで生きてきた人たちに会うと、すごく感動するんですよね。私もちょっとびっくりするくらいに。実際にそこを訪ねてやっていることは、住民リーダーのマヌエルの家で、本に書いたような、彼らがどうやって今の生活を手に入れたかを話してもらって、そのあと(マヌエルの妻)フアナの手料理を食べて、テキーラを飲んで踊って、みんなで盛りあがるだけなんですよ(笑)。でも、ツアーの感想文を見ると、「うまく説明できないけど、もう一度行って、もっと長く滞在してみたい」って言う学生が多い。 そういう魅力を感じるのは、こうやって助けあって生きてきた人たちだからもっている、家庭の雰囲気とか、仲間どうしで一緒に何かやっている雰囲気とか。お金と関係のないところで生みだされている安心感やあたたかさが、みんなを感動させるからなのかなと思います。
/本に出てくる人たちは、工藤さんと同世代ですよね。日本の若い人たちは彼らの生き方に感動するということですが、逆に今のスラムでは、当時のマヌエルさんたちと同じように、「俺たちもやるぞ!」という若い人たちはいるものなのですか?
工藤/うーん、「ドス・デ・オクトゥーブレ」自体は、住宅地域としてあるていど落ちついてきているので、昔ほどがんばらなければならないという感じではないんですよね。でも、マヌエル家の娘たちは、父親の活動に参加していますよ。彼らとともに、隣の地域で住宅問題に取り組む人もいるし。 そもそも自分たちでなんとかしていこうという意識をもって、しかもそれが一人二人じゃなくて、みんなで力を合わせればなんとかなる、っていう発想の人たちは、どこにでもいるわけではない。そう考える人のいる地域はどんどんよくなるし、そうでない地域はいつまでたっても、バスは来ないわ、道はぼろぼろだわって、生活環境が悪い。
/少なくとも「ドス・デ・オクトゥーブレ」は、マヌエルさんたちががんばった成果の積み重ねで、生活水準はスラムをつくったときよりかなり上がっているということですか?

1.JPG
80年代末のマヌエル家と子どもたち(後ろ姿が長男。右奥が長女、手前が次女)。
床は地面のまま、木板とトタンの小屋だった。/撮影・工藤さん


工藤/もう、圧倒的にちがいます! 今、若い人たちがたずねていくと、マヌエルたちの家がすっかり立派なので、昔の写真を引っぱりだして、「ここからこういうふうに家を建てて…」なんて話を聞いてはじめて、ええっ!? て感じになるんです。 私自身は、彼らと出会ったころ、そして写真を撮ってる篠田(有史)と一緒に行くようになってからも、住んでいるところも着ているものもほとんど変わらないんですけど(笑)、彼らが住んでいる家は、私たちが住んでいる小さな部屋とは比べものにならないし、昔の掘っ立て小屋を考えたら、10倍ぐらいいいものになり、スペースもうちの3倍ぐらい広い家に住んでいるので、今の彼らの家にただ行っただけでは、昔のことはまったくわからないです。
/スラムというより、ただちょっと町はずれに住んでいるくらいの感じ?
工藤/そうそう、ちょっと遠いな、くらい。もちろん同じ地域の中でも、彼らと一緒にがんばらなかった、というか、めんどくさがったり、政府やお金をばらまく権力者に頼ってばかりいた人たちは、行政のトップが変わると頼る先がなくなって、自分たちの生活をコンスタントによくできなかった。だから、地域の中にも、ところどころ粗末な家が混じっている。彼らのグループにいた人たちは、みんな立派な家に住んでいて。今しか知らないと、本当に昔の壮絶な闘いは想像もつかない。
/『仲間と誇りと夢と』の時点でも、マヌエルさん一家はいいお家を建てているところでしたよね。いまはそれよりいいお家?
工藤/そうそう。
/これでもけっこう立派な家なのに!
工藤/本に写真が出ている家は、書いてあるように、住民グループの自力建設計画で、みんなで建てた家。今はここを売って、新しく建てて、そこに住んでいます。もうひとりの主人公テレサは、本の時点ではアメリカに行って出稼ぎしていたんだけど、それで稼いだお金で自力建設した家に建て増しをして、下のフロアを人に貸して、家賃である程度の生活費を得られるようにしているんです。(第2回につづく

 

投稿者 JULA出版局 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2014.07.02  日本童謡賞・童謡文化賞授賞式がありました!

7月1日の「童謡の日」、第44回日本童謡賞・2014年(第13回)童謡文化賞(日本童謡協会)の授賞式がありました。

%E6%8E%88%E8%B3%9E%E5%BC%8F%28%E4%BD%8E%EF%BC%89.jpg

先日来ご報告しておりますように、長年金子みすゞを広めてきた功績と、ご自身の童謡集『うずまきぎんが』の評価により、矢崎節夫先生が童謡文化賞を受賞されました。選考委員の先生方が、『うずまきぎんが』と『金子みすゞの110年』を読んでくださったそうです。
日本童謡賞は、詩集『星』(岩崎書店)を書かれた武鹿悦子先生が受賞されました。武鹿先生は、最初の『金子みすゞ全集』の編集委員にお名前をいただいたお一人ですし、『うずまきぎんが』のまえがきも寄せてくださっていますので、JULAとしては二重の喜びになりました。

童謡文化賞の選考経過の報告では、日本童謡協会会長湯山昭先生が、矢崎先生のみすゞ捜しとその後広めるための努力、『うずまきぎんが』の魅力を、本当に丁寧に、情熱的に語ってくださり、矢崎先生もとてもうれしそうにされていましたし、同席させていただいたJULAの者も大感激でしたし、感謝状もいただきました。
会場には、みすゞの愛娘・上村ふさえさん、JULAの童謡集シリーズすべての装丁挿絵を描いてくださっている高畠純先生もかけつけてくださいました。

%E7%9F%A2%EF%BC%86%E9%AB%98.JPG

授賞式後の祝賀パーティでは、湯山先生の作曲による「うずまきぎんが」が本邦初披露となり、童謡歌手の土屋朱帆さんが歌ってくださいました。子どもたちの声で聴いてみたくなるかわいらしい歌、広く愛されるといいなと今から期待でいっぱいです。

%E5%9C%9F.JPG

矢崎節夫先生、武鹿悦子先生、本当におめでとうございました。

JULAのFacebookページでは、プータン宣伝本部長がレポートしていますので、そちらもぜひご覧ください。

%E7%9F%A2%E3%81%A8%E3%83%95%E3%82%9A.JPG

投稿者 JULA出版局 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
2014.07.01  7月1日は「童謡の日」です

今日、7月1日は「童謡の日」です。
JULA出版局としては、矢崎節夫先生が童謡文化賞を受賞される、喜ばしい日でもあります。

矢崎先生が小学生のときに読み、童謡詩人を志すきっかけになった童謡は、佐藤義美先生の「月の中」でした。金子みすゞと同世代の、この童謡詩人のめざした夢のバトンが、たしかに矢崎先生に手渡されていることを感じます。

ゴールデンウィークに憲法記念日、そして子どもの日に合わせて、佐藤義美童謡集『ともだちシンフォニー』から表題作「ともだちシンフォニー」を全文掲載させていただきました。
童謡集『ともだちシンフォニー』には、「月の中」のほかに、「いぬのおまわりさん」「グッバイ」「アイスクリームのうた」などなど、幼いころに出会う童謡がたくさん収録されています。
それに比べると、「ともだちシンフォニー」は、みなさんが知っているというわけではない作品かもしれません。そして、子どもにとっては難しい言葉や内容をふくんでいます。しかし「人間をしんじて、とくに、体も心もまだ新しい人間(子ども)をしんじて、童謡づくりに一度きりの生命をかけた」(あとがきより)佐藤義美先生が、戦争のない平和の世を子どもたちの手で築いてほしいと、心から願ってつくった童謡です。

言葉はただちに何かの力になるわけではないかもしれない。けれども、美しい言葉、力をもった言葉が子どもたちの心の奥底に届けば、やがて芽吹き、花ひらき、実を結ぶ日がくると信じたい。
平和への祈りをこめたこの童謡を、今一度ぜひお読みいただければ幸いです。

 




ともだちシンフォニー

丸木舟に きみがのっている

わににおそわれている
ライフル銃をもって 岸にいるぼくは
きみをうたない。
戦争!
銃弾で死んだぼくの父は
銃をうったきみの父の顔も名もしらない
ふたりのあいだに
すこしだって憎しみがあっただろうか。
ともだちになろうよ きみとぼく。

十億の人が千人の意志で戦争をさせられる
責任もなく愛情もなく
子どもを まきぞえにして
一度きりの生命をすてて
十億の人は死ぬ。
さばく!
地球の表面をおおうさばくを
森にしたり沃野にしたりする能力をすてて
生きのこる千人
マストドン(古代象)をおそれる。
ライオンでさえも集団をくんで道具をもって
殺しあわないのに――。
結核、チフス、コレラ、ペスト菌の哄笑!
ああ、この太陽系の中、
自転し、公転する地球には人と人との戦争が
いつなくなるか、
他の太陽系の中
他の地球では人と細菌の戦争も終った!
たがいに もう一つの回転を
ともにしていても――。
琴座のむこうの空間でなくてここで
琴座のま下のこの地球の上で、
ぼくはきみと握手したい。
なかよくしようよ きみとぼく。

おとなの専有物ではない地球を

おとなになっても専有しない約束、
百マイルの上空から写した地球の写真を
部屋にかかげてじぶんだけのためにも
他人のためにも地球を愛する約束。
一人分の意志を二十億あつめても
一人分の意志は一人分だけあるはずだから
細菌からでも殺されるのをよす約束、
ウラニウム235 プルトニウム239の
分裂の時間を長くする約束、
超音速の旅客機 輸送機だけはつくる
旅行の自由と安全
居住の自由と安全
すてる玉ねぎはエスキモーのために
くるみ割りはくるみを割るために
まくらは頭のためにある約束、
かいき日しょくは恐れないけれど
さると人間が親類であることはみとめて
ことばを絵画と音楽と食道に近づける約束
人類だけは信じる人類だけは信じる約束。
約束をしようよ きみとぼく。

野や森のみどり

そこには一本一本の草や木がある。
雪の純白 結晶型の多種類
セム ハム ゲルマン
アラブ アルタイ すべての人種で
地球を一つのステイツにしたい、
最後の一片のパンなら
それを全人類でわけたい。
憎しみは宇宙にちらばらせて無にしたい。

そよかぜ!

丸木舟にぼくがのっている
わににおそわれている、
ライフル銃をもって岸にいるきみも
ぼくをうたない。
ともだちなのだ きみとぼく。


投稿者 JULA出版局 | PermaLink | コメント(1) | トラックバック(0)