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2014.07.25  【インタビュー】工藤律子さんに聞く(3)

今こそ、そしてこれからも…「貧乏なんてこわくない!」
――『仲間と誇りと夢と』著者・工藤律子さんに聞く(3)

中央奥が工藤律子さん、篠田有史さん

2002年、JULA出版局は工藤律子さんの著書『仲間と誇りと夢と――メキシコの貧困層に学ぶ』を 出版しました。ストリートチルドレンの問題を追いかけていることからJULAと知り合った工藤さんの、ジャーナリスト人生の原点にあるのは、メキシコシ ティのコロニア・ポプラールと呼ばれる貧困層居住区(スラム)で自分たちの生活をよいものにするために闘っている人たちとの出会いです。先の見えない壮絶 な闘い、でも、そこには仲間とのきずながあり、日々の楽しさがあり、小さな夢でも実現していくエネルギーがありました。 今、スラムの人たちはどんな生活をしているのか、つねに日本とメキシコを並行して見てきた工藤さんが今感じていることは何か、インタビューさせていただき ました。

前回までのインタビューはこちらから…
第1回「貧乏でも豊かなくらしをしている人たちのことを知らせたい、それが今の仕事の原点」
第2回「追いこまれている今だからこそ、幸せに生きるために必要なものを考えたほうがいい」


3.「もう一つの経済」――お金がなくても絶望しなくていい

工藤/メキシコのスラムと直接は関係ないけれど、私が最近けっこう取材をしていて、雑誌とかで記事を書くと、けっこう興味をもって読んでもらえるテーマがあるんです。
スペインなど、経済危機が深刻な国々の人たちが、失業して仕事もない、収入もない、っていうなかで、じゃあどうしたら、それでもなんとか最低ライン、幸せにやっていけるかっていうことを考えている運動で、なかでも特に日本人に興味をもってもらえると思うのが、地域でいろんな通貨を作ったり、物々交換みたいなことをみんなで組織的にやっていくということや、お金や地域通貨ではなく、「時間」を単位にして、おたがいに助けあいをする仕組みなんです。

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スペイン・マドリードで、「もう一つの経済」を実践する様子。
中学校の先生が、近所の貧困家庭の少年に無料で家庭教師をする。
それに費やした時間時間銀行」とため、自分が必要な時必要な助け・サービスを
「時間銀行」のメンバーから得るために使える。(撮影・篠田さん)

本に出てくるマヌエルたちのあいだでは、わざわざ提案しなくてもやっていることだけれど、先進国だとどうしても、都会では隣人どうしの助けあいの習慣はなくなっているし、みんなそれぞれ仕事があるときは、自分の生活リズムにあわせているから、それ以外のことに時間をかけるとか、人のために時間をかけて何かやるっていうことが難しくなっている。あらためてそうするためには組織化、仕組みが必要な状況で、スペインでそれを実際にやっている人たちのことを最近取材しているんです。そういう記事は、意外と読んだ人たちから反響があるんですよ。「自分たちもやってみたい」というような。
編集部(以下、編)/反響って、どれくらいの世代の人たちからの声ですか?
工藤/どちらかっていうと、30、40代かな。ある意味、お金依存の社会に疑問を抱いている人は、今のほうが多いと思う。スペインもそうだけど、失業しちゃったり、残業しても残業代出ないし、昔みたいにしゃかりきに働けばそれだけお金持ちになれたりっていう時代じゃないし。
/日本もそうじゃなくなってますよね。
工藤/だから、そんなにがんばらなくても、自分の本当にやりたかったこととか、趣味とか、いろんなことに時間を使って、仕事は仕事、趣味は趣味、みたいな人も増えている。不景気なぶん、幸か不幸か時間にゆとりのできた人たちが、ふと考えたときに、みんなで集まって何かやったりとか、時間を単位にして、「きょうは俺が君のパソコン直してやるよ。だからあさってはちょっと料理教えてよ」っていうような活動に興味をもつ人は、10年、20年前より多いと思う。
/私、工藤さんより9つ下ですけど、私が小さいとき、うちの母はまだ隣の家に卵を借りにいったりしていました。そんな人間関係がうっすら残っているぎりぎりの世代なのかもしれない、30代、40代って。それより下だと、そういうご近所づきあいって、よっぽど田舎にでも行かないとなくなってしまっているから…かつての日本の姿みたいなものが記憶に残ってて、「あ、あれって大事だったんだな」みたいなところはあるかもしれない。
工藤/その世代の人たちは、なんか見たり経験したこともあったな、ってこともあるし、年齢的にも、仕事が一段落というわけじゃないけど、今の時代忙しくもないから、ちょっとちがうほうにいこうかと。転職考えたりする人もいるし、自分で起業して、大会社でしゃかりきに働くんじゃなくて、自分のペースでやっていきたいなんて考える人もいるし。そんな人たちは、ちょっとしたヒントがあると、別にお金稼ぐだけじゃなくて。
/お金はなくてももっと人間的に豊かに…
工藤/なりたいっていう人たちがいると思うんです。若い人たちも、本当はそう思ってるんだろうけれど、まずは就職しなきゃ、とか、世間の風潮にしばられている感じがする。
/たしかに目の前のことでいっぱいいっぱいだろうし。
工藤/いまだに、いい大学に行っていい会社に入るってことが、これだけパターンが崩れているにもかかわらず、どこかで必要と信じられているというか。
/それが基本になっちゃっているから、そこでこぼれ落ちると、もうすべてからこぼれ落ちてしまうかのような恐怖感があって。
工藤/追いつめられているぶん、ちがう選択肢をもつっていう余裕がないんだと思うけど、もっともっと追いつめられたら…定職に就くなんて運がよければのことだ、ぐらいにまでなっちゃったら、逆にほかの生き方するしかないってなるだろうし、そうなったときには、私が今スペインで取材しているような、いわゆる今の経済の中で就職をめざすんじゃない、「もう一つの経済」を利用して生きていこう、実はそのほうが人として幸せだ、っていう人が出てくると思う。

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こちらもマドリードの実践から。賞味期限切れや見栄えが悪いなどの理由で、
店頭では売れない商品を集めてきて、地域の貧困家庭に配るサービスをする
「食糧バンク」のボランティア。地域のみんなが少しでも豊かにくらる工夫。
右端で工藤さんが取材されています。(撮影・篠田さん)

「もう一つの経済」っていうのは、最近欧米を中心に、今の状況のもともとの原因はなんだろうって考えた人たちが、やっぱり単純に経済成長をめざして、日本なら円、ヨーロッパならユーロ、アメリカならドルを増やすことが正しい経済活動である、と思うことには、もはや無理がある、じゃあ「お金」というものがなくても、食べるには困らないようなシステムが、自分の住んでいる地域内だけでもできてしまえば、そんなに絶望的になる必要はないだろう、と考えている仕組みです。もちろん、お金を稼ぐ手段も、いくつかはあったほうがいいと思う人はいるだろうし、逆に、もうなくてもできるじゃん! て思う人もいるかもしれない。つまり「もう一つの経済」にかかわっているほうが――どれだけいろんな選択肢を増やせるか、そこに参加する人がどれだけ増えるかによって変わってくるとは思うけど――今なお多くの人たちがとらわれているような強迫観念=お金がないとだめだという発想から抜け出すことができる。幸せになれる。
その原点は、まさにマヌエルたちのやっていることにある。まあ、彼らはもともとが貧乏な家庭に生まれたっていうのがあるぶん、私たちとはちがって、お金があるとないをいったりきたりして考える必要はなかったのかもしれないけれど。
/一番下からのスタートだから…こわいものは何もないというか。
工藤/もともとない状態で、なくてもなんとかするってことを考えたからよかったのかもしれないけど、でも、ない人たちがみんなそうかというとそうではない。ないことに絶望する人もいれば、どうせいくらがんばってもウチは貧乏だってあきらめてる人もいる。あるいは、ウチだけが豊かになればいいって考える人もけっこう多い。そうじゃない発想をできる人たちっていうのは、教育レベルに関係なく、視野が広いということだと思う。私たちも、今は特に、そうやって経済レベルにこだわらず、視野を広くもつことができれば、そんなに絶望する必要もないし、夢がないというけれど、夢は自分でつくれるし、なんとかなる! っていうふうに考えないと…人生もったいないですね。
第4回につづく

投稿者 JULA出版局 (14:55) | PermaLink
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